樫の森の中の修道院

カスパル・ダーヴィト・フリードリヒ「樫の森の中の修道院」(1809-10年)
Caspar David Friedrich "Abbey in the Oakwood"
Schloss Charlottenburg(ベルリン)蔵

エルデナ修道院跡

カスパル・ダーヴィト・フリードリヒ「エルデナ修道院跡」(1825年)
Caspar David Friedrich "Eldena Ruin"
ベルリン(ドイツ)、旧ナショナルギャラリー蔵

上の「樫の森の中の修道院」は、手元のCD(ブラームスのドイツ・レクイエム)のジャケットに使われているものだ。そして下の「エルデナ修道院跡」は、ドイツ・レクイエムのジャケットに使うならこちらのほうがいいなと思った絵である。フリードリヒはドイツロマン派の代表的な画家である。時代は多少ずれるものの、音楽のロマン派のブラームスの曲にジャケットの絵として適していると考えられたのであろう。

作者フリードリヒは13歳のときに事故で弟を失っている(冬の川でスケートをしていて氷が割れて彼がおぼれた。それを助けようとした弟が逆に溺死した)。その責任が自分にあるとの思いと深い悲しみが彼の作風に大きな影響を与えたと考えられている。「樫の森の中の修道院」も「死」の色に染められているかのようだ。

さて、私がドイツ・レクイエムに出会ったのは「勉強に集中できる」というタイトルのCD(笑)で、その中にこの曲の第一楽章が含まれていた。言葉も分からないのにとても心に染み入る曲だったので、手元のCDはその後だいぶ経ってから全曲を聴くために買ったものだ。

レクイエムはカトリックの鎮魂ミサのときに演奏されるものだそうだが、このドイツ・レクイエムは少し性格を異にしている。ラテン語の特定の歌詞であることなどの決まりにとらわれず、プロテスタントであるブラームスが聖書から自由に歌詞を選び、演奏会用として作ったものであること、また一般のミサと違いラテン語でなくドイツ語であること、そして最大の特徴は死者の安息を願うだけでなく、むしろ後に残された人たちに慰めを与えようとした点にある。
専門的な解説はその道の人に譲るとして、残された人たちが悲しむということが故人への親愛の情の発露であり(だから我慢せずに悲しんでよい)、それによって故人は安息を得るし、生きている人たちもまた故人の安息によって慰められるということであろうか。そして多分、「死んでおしまい」ではないのである。人が死んでも思い出は生きている人たちの中に残るであろうし、次の生命も生まれてくるのである。

そのような曲であることがわかったときに、もっと似つかわしい絵として見つけたのが同じくフリードリヒが描いた「エルデナ修道院跡」である。テレビ東京系の「美の巨人たち」でも取り上げられたので見ていただきたい。廃墟を覆う植物の姿に、死を乗り越えていく生命の力が感じられないだろうか。また、この絵を描くに至ったフリードリヒの心境の変化も興味深い。

ところで、二枚の絵を並べてみると、フリードリヒにとって「死」がどれほど大きな影響を及ぼしたのかを感じる。思えば、現代において「死」を身近に経験することが少なくなってきているのではないか。私自身、人が死ぬことの悲しみを身をもって経験したのはもう高校も卒業した後だった。それに比べるとフリードリヒの受けた影響といい、昔の人がレクイエムを歌ったときの心境といい、私には計り知れないものがある。
一方、今は様々な理由で自ら命を絶つ人も少なくないし、以前は考えられなかったような残虐な事件が増加している。これらについて思うことは、生と死について自分の中で感じ考える機会があれば、そのような悲しい出来事は少しでも減らすことができたのではないかということだ。私のお世話になった或る人も飛び降りてしまったが、残された者の悲しみに本人が思い至ることができれば、あるいは彼も踏みとどまったかもしれないのである。本人も苦しかったと思うが、残された家族とてどれほど苦しみ悲しんだことだろう。何があろうとも生きてさえいれば、きっと良いこともあるのである。

生と死の現場に立ち会うことは少ないと思うし、死には縁がないに越したことはない。けれども立ち会ったときには深い経験として受け止めたい。命について考えさせられる絵である。

手元のCDの紹介(素人評つき(笑))
ドイツ・レクイエム(カラヤン指揮ベルリンフィル&ウィーン楽友会合唱団)Amazon
 「樫の森の中の修道院」がジャケットになっているもの。カラヤン3度目の正直、じゃなかった録音。かなり聴いた。
ドイツ・レクイエム(石丸寛指揮生活45周年記念 東京交響楽団特別演奏会)Amazon
 ガン宣告を受けていた石丸氏の渾身の作。力強い演奏で、テンポはかなり速め。上のCDと比べると「若い日本の人が歌ってるな〜」と親近感を持ってしまった(^^

"Abbey in the Oakwood"
 1809-10, oil on canvas,110.4x171cm
Schloss Charlottenburg, Berlin, Germany.

"Eldena Ruin"
 1825, oil on canvas,35x49cm
Alte Nationalgalerie, Berlin, Germany.

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